1.はじめに
たとえば「社員や自分自身のやる気がなかなか上がらない」「仕事に熱中する人を増やしたい」と悩んでいる方は多いと思います。
仕事のやる気(モチベーション)は、チームの生産性向上やサービスの質を大きく左右します。そこで注目したいのが、「モチベーション理論」です。
この理論を知っていると、人が「なぜやる気を出すのか」「どうすればやる気を高められるのか」が分かりやすくなります。経営者や個人事業主、フリーランスの方でも、自己実現や目標達成をしやすくなるでしょう。
まずは、モチベーション理論の基本となる2つの考え方を見ていきましょう。
2.モチベーション理論の全体像
モチベーション理論は大きく分けて2つのグループに整理できます。
- 内容理論(What)
- 「人は何によってやる気を出すのか?」という部分に注目した理論です。
- 例えば「お金が欲しいから頑張る」「もっと成長したいから頑張る」といった、人が求める“欲求”に焦点を当てます。
- マズローの欲求段階説や**二要因論(ハーズバーグ)**などが代表例です。
- 過程理論(How)
- 「人はどのようにやる気を高めるのか?」というプロセス(流れ)に注目した理論です。
- たとえば、「こうすればご褒美があるから頑張る」「具体的な目標があるから頑張る」という流れを重視します。
- 期待理論や目標設定理論などが代表例です。
この2つの理論を知ることで、仕事の場面で「人材育成」や「マネジメント」をする際に、足りない部分がどこなのか、どう改善できるのかを見つけやすくなります。
3.内容理論の詳細(What)
内容理論は、人が「何を求めているのか」に注目して、「やる気のきっかけ」を解き明かそうとする考え方です。
ここでは代表的な理論をいくつか紹介します。
3-1.マズローの欲求段階説
●理論の概要
マズローは、人の欲求(「〇〇したい」という気持ち)を5つの段階にわけました。
- 生理的欲求:食べたい、寝たいなど、生活の基本となる欲求
- 安全の欲求:ケガをしない、明日も働けるといった安心感を求める欲求
- 所属と愛の欲求:仲間と一緒にいたい、友だちや同僚に受け入れられたいという欲求
- 尊重の欲求:周りから認められたい、自分の存在価値を高めたいという欲求
- 自己実現の欲求:自分の可能性を最大限に活かしたい、やりたいことを突き詰めたいという欲求
●低次欲求と高次欲求とは?
- 低次欲求:生理的欲求や安全の欲求のように、生活や体を守るうえで欠かせない基本的な欲求。これが満たされていないと、次の段階に進みにくいです。
- 高次欲求:所属や尊重、自己実現など、「人間らしさ」や「成長」を求める欲求。低次欲求がある程度満たされると、さらに上の段階へ挑戦したい気持ちが生まれます。
●ビジネスでの実践例
- まず「給与」や「休み」などがしっかり確保されていないと(低次欲求が満たされないと)、人はやる気を保てません。
- その上で、チームワークや社内イベントで「仲間意識」を育てる(所属の欲求)、表彰制度で認められる(尊重の欲求)、キャリアアップや新規事業担当などで大きく成長できる仕組み(自己実現の欲求)を提供することで、モチベーションを高められます。
●具体企業例
- トヨタ自動車は、安全対策や健康管理で「生理的・安全の欲求」を満たしたうえで、社員研修やプロジェクトチームを通じて「所属・尊重」や「自己実現」の欲求にも応えようとしています。
3-2.アルダファーのERG理論
●理論の概要
マズローの5段階を3つにまとめた理論です。
- 存在欲求(生理的欲求・安全欲求)
- 関係欲求(所属・愛の欲求)
- 成長欲求(尊重・自己実現の欲求)
●ポイント
- 欲求が同時並行で存在する場合がある。
- ある欲求が満たされないと、他の欲求が強くなることもある。
- マズローと違い、欲求が上下に「行ったり来たり」しやすい。
●実践例
- 大企業やスタートアップで、「生活の安定(存在欲求)も欲しいが、挑戦的なプロジェクトで成長したい(成長欲求)」と、同時に求める社員が多いです。
- メルカリなどは、福利厚生(存在欲求)を整えつつ、スピード感ある開発現場(成長欲求)を用意して社員のモチベーションを高めています。
3-3.アージリスの未成熟=成熟理論
●理論の概要
人は、仕事の経験を積むことで「受け身(未成熟)→自立(成熟)」へ成長していく、という考え方です。
組織は、社員が自分で考え、行動できる環境をつくる必要があります。
●実践例
- 職務拡大(ジョブエンラージメント): 受付担当だけだった人に、広報やイベント運営も任せるなど仕事の範囲を広げる。
- 感受性訓練: 社員同士で意見交換やリーダーシップ研修を行い、お互いに学ぶ場をつくる。
●具体企業例
- Googleの「20%ルール」では、決められた時間を自分の好きなプロジェクトに使えるため、自分で考えて行動する「成熟」の力が高まると言われています。
3-4.マグレガーのX理論・Y理論
●理論の概要
- X理論:人は命令や統制がないとサボる、という考え方。
- Y理論:人は自分で働きたいし、成長したいと思っている、という考え方。
●実践例
- X理論的マネジメント:製造ラインや危険作業など、厳重なルールや監督が必要な現場。
- Y理論的マネジメント:クリエイティブな仕事や研究開発の場で、自由度が高いほど成果が上がりやすい。
●具体企業例
- 日本電産は、若手社員にも責任ある仕事を与えることで自主性を引き出す。これはY理論的な視点を活かした例です。
3-5.ハーズバーグの動機づけ=衛生理論(二要因論)
●理論の概要
ハーズバーグは、人のやる気を左右する要因を2つにわけました。
- 動機づけ要因(満足をもたらす)
- 仕事そのものの面白さ、達成感、承認、昇進など。
- これらがあると「やる気がアップ」しやすい。
- 衛生要因(不満を防ぐ)
- 給与、人間関係、会社のルール、労働環境など。
- これらが整っていないと「不満」を感じるが、整っていても「やる気の大幅アップ」にはつながらない。
●二要因論の簡単な説明
- 「動機づけ要因」はプラスのやる気を生み出し、
- 「衛生要因」はマイナスをゼロにするためのもの、とイメージするとわかりやすいです。
●ビジネスでの実践例
- まずは最低限の給与、労働環境、人間関係などの衛生要因を整える。
- そのうえで、責任ある仕事を任せたり、新しいチャレンジを促したり(動機づけ要因)してやる気をさらに高める。
●具体企業例
- **Amazon(アマゾン)**は給与や福利厚生を一定水準にしながら、グローバルなプロジェクトや新サービスの創出といった“仕事の面白さ”も提供し、社員のモチベーションを高めています。
3-6.達成動機説(マクレランド、アトキンソン)
●理論の概要
「達成動機」が高い人は、成功確率が5割くらいの難しい目標に挑戦するときにもっともやる気が出る、とする理論です。
●実践例
- ストレッチゴール(少し背伸びする目標)を設定し、こまめに進捗を確認してフィードバックを与える。
- 中小企業でも、新製品の売上目標を「ちょっと高め」に設定し、都度振り返ることで社員のチャレンジ精神を育てる。
●具体企業例
- Appleでは、高めの目標を常に掲げ、革新的な商品(iPhoneなど)を生み出すことで、達成動機が高い社員のやる気を維持していると考えられます。
4.過程理論の詳細(How)
過程理論は、「人がやる気を出す流れ」に注目します。
ここでは代表的な4つを紹介します。
4-1.強化説
●理論の概要
「良い成果が出たら、すぐにほめたり報酬を与えたりして行動を強化する」という考え方です。
●実践例
- 営業目標をクリアしたらインセンティブや表彰を行い、「がんばったら報われる」と実感させる。
- タイミングが重要で、すぐ褒める・すぐ報酬を与えるほど効果が高まります。
●具体企業例
- ソフトバンクでのトップセールス表彰制度は、営業マンのやる気を高める好例です。
4-2.公平性理論
●理論の概要
人は、自分の努力やスキル(インプット)と、得られる報酬や評価(アウトプット)が釣り合っているかを周りと比べて、不公平に感じるとやる気を失いやすい、とする理論です。
●実践例
- 給与体系や評価の基準をできるだけわかりやすく伝える。
- 「なぜこの人は昇給したのか」「なぜ自分は昇給しなかったのか」が説明できる仕組みをつくる。
●具体企業例
- 楽天で行っているOKR(Objectives and Key Results)のように、目標と成果を社内で共有して、明確な評価基準を作っています。
4-3.期待理論(ブルーム、ローラー)
●理論の概要
「行動を起こせば成果が得られる確率(期待)」×「その成果の魅力(誘意性)」がモチベーションを左右する、という考え方です。
●期待理論の簡単な説明
- がんばれば成功するかもしれない(期待)が高いほどやる気が出る。
- 成功した先にあるご褒美が魅力的(誘意性)が高いほど、さらにやる気が高まる。
●実践例
- 資格を取ると昇給やボーナスに直結すると明示する。
- フリーランスが新しいスキルを身につけると、高単価の仕事が取れるかもしれない、と具体的にイメージできるとやる気が出やすい。
●具体企業例
- セブン-イレブンの加盟店オーナーは、「努力すれば店の売上が上がり、自分の収入も増える」という期待を持ちやすく、がんばる意欲につながっています。
4-4.目標設定理論
●理論の概要
「具体的で、少し難しい目標」を持つと、人はよりがんばれるという理論です。
●目標設定理論の簡単な説明
- 数字や期限などがはっきりしている目標の方が、人は達成しようと行動を起こしやすくなる。
- あまりにも簡単すぎる目標だと、やる気が上がらない傾向があります。
●実践例
- 「3か月後に売上を20%上げる」など、目標を数字で示す。
- 進捗を定期的にチェックして、うまくいかない場合は方針を修正する。
●具体企業例
- **ユニクロ(ファーストリテイリング)**では、店舗ごとに高めの売上目標を設定し、その達成度を毎日確認しています。
4-5.内発的動機づけ理論
●理論の概要
「仕事そのものが楽しい」「自分で考えて動ける」「成長を感じられる」といった内側からのやる気を重視する理論です。
●実践例
- 上司が細かく指示を出しすぎず、ある程度の自由度を与える。
- 個人事業主やフリーランスの場合、自分が好きな仕事・得意分野に集中すると、内発的なやる気を保ちやすい。
●具体企業例
- 任天堂は、ゲームクリエイターが自由にアイデアを出せる環境を重視し、内発的なやる気から独創的なゲームを生み出しています。
5.職務特性モデル(ジョブ・キャラクタリスティクス)
●5つのコア特性
- 技能多様性:いろいろなスキルを使う仕事か
- タスク完結性:仕事が最初から最後まで一連の流れで完結するか
- タスク重要性:その仕事が、周りや社会にどれだけ影響を与えるか
- 自律性:自分で決められる部分が多いか
- フィードバック:仕事を通じて成果や評価をすぐに知ることができるか
●ビジネスでの活用例
- 中小企業:規模が小さいからこそ、1人に多くの役割を任せることで「技能多様性」や「タスク完結性」が高まりやすい。
- フリーランス:クライアントと頻繁にコミュニケーションをとり、「自分の仕事がどう役立ったか」を知る(フィードバック)機会を増やすと、やる気が続きやすい。
6.実践アプローチ(導入・継続のポイント)
- 現状把握と課題抽出
- 社員アンケートや売上、離職率などをチェックして、何が原因でやる気が下がっているのかを分析する。
- 個人事業主やフリーランスの場合、自分のモチベーションが落ちるタイミングや原因を日誌などで記録してみる。
- 理論を当てはめて方針を決める
- 給与や環境に問題がある→まず衛生要因を改善(ハーズバーグ)。
- 目標があいまい→目標設定理論で数字や期間を具体化。
- 報酬制度が不明瞭→期待理論や強化説の仕組みを検討。
- 仕組み化・運用
- 評価や給与などのルールを分かりやすく伝え、公平性を確保する。
- 内発的なやる気を伸ばすため、裁量を大きく与えたり、仕事の幅を広げたりする。
- フィードバックとPDCAサイクル
- 定期的に面談やレビューを行い、実際にモチベーションが上がっているかを確認。
- 必要に応じて評価制度や目標を修正し、また試してみる(PDCAサイクルを回す)。
7.ケーススタディ:小さなカフェの例
- 問題: スタッフのやる気が下がっており、売上も落ちている。
- 衛生要因の確認(二要因論)
- 給与や労働条件が最低限整っているか、シフトが過酷ではないかなどをチェック。
- 動機づけ要因の拡充
- 新メニューをスタッフに提案してもらい、採用されれば責任をもって進められるようにする。
- 目標設定理論の導入
- 「1カ月で売上10%アップ」という数字目標を設定し、毎日の進捗を共有。
- 強化説を活用
- 売上達成度が高かったらスタッフを褒め、さらに小さな報酬や休みを与える。
- フィードバック
- お客さまの反応や売上グラフをスタッフに見せ、「自分の頑張りがちゃんと結果につながっている」と感じてもらう。
8.まとめ
- 複数の理論を組み合わせる
給与を上げる(衛生要因)だけではやる気が高まらないこともあります。所属感(マズロー)や目標設定(目標設定理論)、自由度(内発的動機づけ)など、いろいろ組み合わせて改善すると効果的です。 - 小さく始めて成果を確認
特に中小企業や個人事業主、フリーランスは予算や人数に限界があるので、まずは小さな取り組みから試してみましょう。 - 継続的なPDCAが大事
環境やメンバーが変わると、必要な施策も変わります。定期的に状況をチェックして改善していく姿勢がポイントです。
「モチベーション理論」を知ると、人がどうしてやる気を出すのか、またはどうしてやる気を失うのかが見えやすくなります。
低次欲求(食べ物や安全)と高次欲求(仲間、尊重、自己実現)をバランスよく満たしつつ、目標設定や評価の仕組みを整えていくことが大切です。
たとえ組織が小さくても、理論を小さく試しながら改善を続けることで、仕事のやる気を高め、生産性向上や組織改革にもつなげられるでしょう。ぜひ参考にして、ビジネスの現場で活用してみてください。