
はじめに、「労働基準法」という法律をご存じでしょうか。これは、日本で働くすべての人を守るために定められた基本的なルールを示す、とても大切な法律です。会社を立ち上げたばかりの経営者や個人事業主の方の中には、「法律なんて難しそう」「人を雇うこと自体が初めてで、どんなルールがあるのかわからない」と感じている方も多いでしょう。しかし、最低限知っておかなければならない法的なルールを押さえないと、従業員とのトラブルや思わぬリスクが生じる可能性があります。
本記事では、「労働基準法と関連法規」に加えて、「労働契約法」「労働条件」「就業規則」「無期転換」といった重要キーワードを、できるだけわかりやすく解説します。さらに、労働基準法に基づき作成が求められる「就業規則」の具体的な作成方法も、ステップバイステップでご紹介します。読んだその日から、自社の就業規則づくりに着手できるよう、具体的な流れを把握していただければ幸いです。
目次
1. 労働基準法とは
1.1 労働基準法の概要
「労働基準法」は、日本で働くすべての労働者を守るために、国が定めたルールブックのようなものです。ここでいう「労働者」とは、正社員だけでなく、パートタイマーやアルバイトなど「賃金をもらって働く人」を幅広く含みます。会社を経営する側(使用者)にとっては、必ず守らなければならない義務が定められており、その内容は「働く時間の上限」「休憩時間」「休日や有給休暇」「賃金の支払い方法・残業代の計算方法」など多岐にわたります。
労働基準法では、たとえば「1日8時間、1週40時間を超えて働かせてはいけない」「週に1日以上の休日を与える必要がある」といった最低限の基準が定められています。これらは企業の大小に関わらず、すべての事業主が遵守(守ること)しなければなりません。
1.2 労働基準法の目的
労働基準法の一番の目的は、過度な労働や低賃金による搾取から労働者を保護することです。特に、長時間労働や安全管理が不十分な職場で働くと、従業員の健康や生活が脅かされてしまいます。経営者の方がしっかりとこの法律を守ることで、従業員が安心して働き続けられる環境づくりが可能となるのです。
1.3 大企業における労働基準法の活用例
例えば、トヨタ自動車は24時間稼働する工場を多く抱えていますが、そこではシフト制を導入し、労働基準法を守るために徹底した労働時間管理が行われています。また、ソフトバンクのようなIT系企業でも、深夜労働や休日出勤のルールが明確化されており、違反があれば従業員からも厳しいチェックが入ります。このように、大企業であっても労働基準法を無視することは許されないのです。
2. 労働契約法と労働条件
2.1 労働契約法の概要
次に、「労働契約法」という法律があります。これは、従業員と使用者(企業、事業主)が結ぶ「労働契約」の基本的なルールをまとめたものです。たとえば、正社員として働いてもらうにあたり、「月給はいくら」「残業代はどのように計算するか」「休みは週に何日か」などを決めますよね。これらはすべて労働契約の内容であり、経営者と労働者が対等の立場で話し合ったうえで締結されるものとされています。
2.2 労働条件の決定原則
労働条件は以下のような優先順位で決まります。
- 労働基準法などの法律
- 労働協約(労働組合と会社の協約)
- 就業規則(会社が作成した社内ルール)
- 個別の労働契約
たとえば、労働基準法に「最低賃金は○○円以上」と書かれているのに、就業規則や労働契約でそれ以下の金額を定めることはできません。法律で定める最低ラインを下回る条件は無効とされるからです。
2.3 大企業における労働契約法の活用例
パナソニックのように労働組合が強い大企業では、「労働協約」によって年2回のボーナスや昇給制度が定められていることがあります。これは、労働組合と企業側が話し合い(団体交渉)を行い、合意に至った結果です。中小企業でも、従業員との間にしっかりとしたコミュニケーションがあれば、給与や休日に関するトラブルを未然に防げます。
3. 労働契約の種類
3.1 有期労働契約
「有期労働契約」とは、アルバイトやパート、派遣社員など、契約期間があらかじめ定められている雇用形態を指します。基本的に3年以内とされていますが、高度な専門知識を持つ人や60歳以上の労働者の場合、最長5年まで結ぶことができます。
3.2 無期転換申込権
有期労働契約を繰り返し更新し、通算して5年を超えた場合、労働者は「無期転換」を申し込む権利を得ます。これを「無期転換申込権」と呼びます。無期転換が認められれば、今後は契約期間の定めのない「無期労働契約」として働くことができるようになります。なお、契約が6ヶ月以上空くと、通算期間がリセットされる点に注意してください。
3.3 雇止め法理(更新拒否の制限)
「雇止め(やといどめ)」とは、有期労働契約の更新時に、企業側が契約を更新しないことを指します。しかし、社会通念上相当な理由がないにもかかわらず、契約を更新しなかった場合は「雇止め法理」により無効となることがあります。「何となく今後はいらないから」というあいまいな理由では許されず、合理的な説明が求められます。
3.4 飲食チェーンにおける事例
飲食チェーンのジョナサンやスシローなどでは、多数のアルバイトやパートタイマーを雇用しています。こうした企業でも、同じ人が長期間働き続ける場合には、無期転換の対象になるケースがあります。人手不足の時代には、企業としても経験豊富なスタッフを長く雇用したい思惑があるため、無期契約への転換がスムーズに行われることも多いです。
4. 就業規則と労働基準監督署
4.1 就業規則の必要性
「就業規則」とは、会社ごとの働き方のルールを文章にまとめたものです。労働条件や職場での決まりごとが明文化されているため、従業員とのトラブルを防ぐうえで非常に重要です。労働基準法では、常時10人以上の労働者を雇う場合には、この就業規則を必ず作成し、労働基準監督署に届け出る義務があります。
従業員が10人未満の個人事業主や小規模事業でも、就業規則を整備するメリットは大きいです。どんな職場でも、給与の支払日や労働時間、休暇の取り方など、最低限のルールが明確になっているだけで、従業員との認識差によるトラブルを大幅に減らせます。
4.2 就業規則の記載事項
就業規則には主に以下のような項目を盛り込みます。
- 絶対的必要記載事項
- 始業・終業の時刻
- 休憩時間
- 休日・休暇
- 賃金(給与の計算や支払方法)
- 昇給・賞与(該当する場合)
- 退職に関する事項(解雇・退職手続きなど)
- 相対的必要記載事項(ある場合は必ず記載)
- 退職手当(退職金制度がある場合)
- 臨時の賃金(慶弔見舞金など)
- 安全衛生や福利厚生に関する制度
- 任意的記載事項
- 社員の表彰制度や、懲戒処分の種類と手続き
- ハラスメント防止のための指針
- 育児・介護休業の制度(法令で定められた枠組みにプラスして、独自制度を設ける場合など)
4.3 労働基準監督署への届け出
就業規則を作成・改定したら、労働基準監督署長に届け出る必要があります。届け出には、就業規則と「就業規則届」と呼ばれる書類を提出します。ここでポイントなのは、「届出をすればそれで終わり」ではなく、監督署側から是正や修正を求められる場合がある点です。従業員が10名以上いる場合、必ず行わなければならない手続きなので、忘れないように注意しましょう。
4.4 大手飲食チェーンでの事例
たとえば、吉野家のように全国に多数の店舗を展開する企業では、多種多様な雇用形態(正社員、契約社員、アルバイトなど)を抱えています。それぞれの雇用形態ごとに、就業規則に賃金体系や労働時間のルールを分けて記載し、店舗ごとに周知することで統一したルールが守られるように工夫しているのです。
5. 労働福祉と社会保険
5.1 労働福祉・社会保険の概要
会社で働く人を守る仕組みとして、「雇用保険」「労災保険」「健康保険」「厚生年金」などの社会保険制度が整備されています。これらは労働基準法とは別の法律が定める制度ですが、労働者を守るという点で、企業にとっても欠かせないものです。
- 雇用保険:失業した場合に給付を受けられる
- 労災保険:仕事中や通勤中のケガ・病気を補償
- 健康保険:医療費負担を軽減
- 厚生年金:将来の年金額が増える(国民年金に上乗せ)
5.2 都道府県労働局長の認定が必要なケース
一部の高齢者や専門職などには特別な働き方が認められるケースがあります。たとえば、60歳以上の継続雇用者に対しては、定年後の働き方を柔軟に設定するための特例制度が用意されていますが、この制度を活用するためには、都道府県労働局長の認定や届出が必要になる場合があります。
5.3 ITベンチャーにおける労働福祉
ITベンチャーのメルカリでは、社員の福利厚生を手厚く整えることで、優秀な人材を確保しています。社会保険のほかにも、住宅手当やリモートワーク手当などを独自に上乗せして支給する企業も増えています。経営を始めたばかりの方でも、できる範囲で従業員をサポートしてあげることは、離職率の低下や職場満足度の向上につながるでしょう。
6. 労働組合と労働関係
6.1 労働組合の役割
「労働組合」は、従業員が自らの労働条件や職場環境を守るために自主的に結成する組織です。賃金アップや労働時間の改善、有給休暇の取得促進など、働く人の権利を高めるために企業側と交渉(団体交渉)を行います。中小企業ではあまり馴染みがないかもしれませんが、法律で認められた正当な活動であり、もし労働組合が結成される場合には、その活動を不当に妨害してはなりません。
6.2 労働争議を防ぐ法律
労働組合法や労働関係調整法などは、労働争議(ストライキやロックアウトなど)が激化しないよう、ルールを定めています。組合と企業が話し合いによって解決するための手続きが整えられており、万一のときには労働委員会などの第三者機関に調停を依頼することも可能です。
6.3 大企業における労働組合の例
JRや日産自動車では、労働組合が組織されており、労働条件について定期的に交渉を行います。労働組合の存在によって、従業員が会社に対して声を上げやすくなり、労使間のトラブルを大きくすることなく、解決へ向けて話し合いが進められます。
7. 労働基準法の強制力
7.1 違反時の罰則
「労働基準法」は、企業が「守っても守らなくてもよい」という性質の法律ではなく、強行法規と呼ばれる「守らなければならない義務」がある法律です。違反すると、企業や経営者個人に対して罰則(罰金や懲役)が科される可能性があります。特に長時間残業や賃金未払いなどは、厳しく取り締まられてきました。
7.2 就業規則や労働契約の無効
もし作成した就業規則や労働契約が、労働基準法の基準を下回るような内容であれば、その部分は「無効」となります。つまり、従業員との契約書にサインがあっても、法律違反の条項は成立しないのです。結果的に、従業員が後から訴えを起こしたり、労働基準監督署から是正勧告が出たりと、さまざまなトラブルを招く恐れがあります。
7.3 過去の違反事例
広告業界や飲食業界を中心に、長時間労働や残業代の未払いが社会問題化したことがあります。いわゆる「ブラック企業」という呼び方で批判された例も多く、労働基準監督署から是正勧告を受けた企業の事例は報道を通じて広く知られるようになりました。いずれのケースも、法律違反として裁判所から厳しい判断が下され、社会的信用を失うという結果になりました。
8. ステップバイステップ:就業規則の作成方法
ここからは、実際に就業規則を作りたいという方のために、具体的な作成ステップを解説します。はじめて経営をされる方でもこの流れに沿って進めれば、少しずつ自社に合った就業規則を整備できるはずです。
STEP 1. 自社の働き方を整理する
- 従業員の雇用形態を確認
正社員、パート、アルバイトなど、それぞれの働き方を洗い出し、就業規則の中で区別したい項目を確認しましょう。 - 労働時間と休憩時間を決める
1日何時間働くのか、休憩は何分とるのか、週休は何日なのかといった基本的なルールをまず確定させます。 - 賃金体系を把握
時給制にするのか、月給制にするのか、残業代や深夜勤務手当はどう計算するのかを明らかにします。
STEP 2. ルールを文書化する
- 就業規則のひな形を利用
いきなり白紙から作るのは大変なので、市販の書式集や厚生労働省のウェブサイトなどで公開されている「就業規則のひな形」を活用すると良いでしょう。 - 絶対的必要記載事項と相対的必要記載事項をチェック
法律で必ず記載が求められる項目(始業・終業の時刻、賃金、休日など)は漏れなく記載します。 - 社内独自のルールも反映
遅刻や早退、休暇申請の方法、ハラスメント防止策など、自社ならではのルールがあればわかりやすく追加しましょう。
STEP 3. 従業員に意見を聞く
- 従業員代表との協議
常時10人以上いる場合は、従業員代表の意見を聞く必要があります。10人未満でも、話し合いの場を設けることで、後々のトラブルを防げます。 - 労働契約法の精神を重視
労使が対等であるという原則を踏まえ、従業員の声をなるべく反映すると、就業規則に対する納得感が高まります。
STEP 4. 専門家に相談する(必要に応じて)
- 社会保険労務士や弁護士に確認
法的に問題のある記載がないかを専門家にチェックしてもらうと安心です。 - 修正の必要があれば早めに
後から労働基準監督署に指摘されるよりも、事前に修正したほうがスムーズです。
STEP 5. 労働基準監督署へ届け出る
- 就業規則届とともに提出
就業規則が完成したら、会社の住所を管轄する労働基準監督署に提出します。10人以上の従業員が対象です。 - 変更があったら再度届け出
後からルールを変更した場合も、同じく労働基準監督署への届け出が必要になります。
STEP 6. 就業規則を周知徹底する
- 従業員がいつでも閲覧可能に
紙媒体として社内に備え付けたり、クラウドにアップして共有するなど、従業員が就業規則を確認しやすい環境を整えましょう。 - 定期的な見直し・説明会
法改正や会社の事情に合わせて内容を見直し、定期的に従業員へ説明する場を設けるのが望ましいです。
9. まとめ
- 労働基準法は、労働条件を定める最低限のルールであり、必ず守らなければならない法律です。
- 労働契約法もあわせて理解し、労働者と企業が対等の立場で契約を結ぶことが大切です。
- 有期労働契約の更新や無期転換申込権についても把握し、長く働いてくれる人に対しては適切な手続きを行いましょう。
- 10人以上の従業員を雇用する場合は、就業規則を作成し、労働基準監督署へ届け出る必要があります。たとえ10人未満でも、就業規則を整備しておくとトラブル防止に役立ちます。
- 社会保険への加入や、労働組合との関係など、労働者を取り巻く法律や制度は多岐にわたりますが、それらを一つずつ理解していくことが、結果的に安定した経営につながります。
- 就業規則は一度作ったら終わりではなく、法改正や自社の成長に合わせて定期的に見直しを行うことが重要です。
会社を立ち上げたばかりで、まだ従業員も少ない場合でも、最低限のルールを明文化するだけで、労使間のトラブルを大幅に減らすことができます。大企業のように大掛かりな制度づくりをする必要はありませんが、**「労働時間や休憩の設定」「賃金の計算方法」「休日や休暇の取り方」「ハラスメント防止」**など、基本的なポイントだけでも書面化し、従業員に周知すると良いでしょう。
わからない点があれば、社会保険労務士や弁護士など専門家に相談することをおすすめします。人を雇うことは、その人の生活や家族の将来にも関わる重要な責任があります。正しい労務管理を行うことで、従業員のモチベーションが高まり、結果として企業の成長につながるはずです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。法律の話は少し堅苦しく感じるかもしれませんが、**「労働基準法」「労働契約法」「就業規則」**といった基本を押さえておけば、安心して事業を継続できる土台ができます。ぜひこの記事を参考に、就業規則の作成や労務管理に取り組んでみてください。